学会活動等

精神科救急病棟の病床数制限に関するアンケート実施報告(科学評論社「精神科」8月号掲載)

英文表題:Report on the Questionnaire about the Reduced Number of Psychiatric Emergency Ward Beds

佐藤悟朗
英文著者名:Goro Sato
キーワード:診療報酬改定、精神科救急、医療政策
英文key words:medical fee revision, psychiatric emergency, medical policy
所属:医療法人社団更生会草津病院
〒733-0864 広島県広島市西区草津梅が台10-1
英文所属 Kusatsu Hospital

抄録
令和2年診療報酬改定において、令和4年に一医療機関の精神科病床数が300床以下の場合は60床以下であり、300床を超える場合は2割以下であることが定められ精神科救急入院料認定要件の厳密化が行われた。
この度、公的病院を含む39病院がこの病床規制の対象となり、37病院からアンケートの回答を得た為報告する。

本研究においては、削減対象病院と全国調査の結果の比較を行った。削減対象病院は、診療データでは重症で多様な疾患群の受け入れを積極的に行い、期間別退院割合、平均在院日数、再入院率、夜間・休日日中の診療件数において良好な結果が得られた。
また病床削減実績、入院医療費いずれの項目においても、国が目指す方針に沿った医療を行っていた。この規定が実行されれば、いずれの項目においても悪化することが予想された。

英文抄録
In the 2020 revision of medical fees, the requirements for emergency psychiatric hospitalization fees were tightened by the regulation stating that by 2022 if the total number of psychiatric hospital beds is 300 or less, the number of emergency ward beds must be 60 or less, and if the total number of beds exceeds 300, the number of emergency ward beds must be 20% or less. Thirty-nine hospitals, including public hospitals, are now subject to this regulation on emergency ward beds. We have received questionnaire responses from 37 hospitals, and report them here. According to the medical data of the hospitals subject to the regulation, they have actively accepted patients with severe and various diseases, and showed good results in terms of the percentage of discharges by period, average length of stay, readmission rate, and the number of duties during nights and holidays. In addition, both in the actual reduction of hospital beds and inpatient medical expenses, they are in-line with the national policy. If this revised regulation is implemented, they might worsen in all categories.

はじめに
 平成30度診療報酬改定において、精神科救急入院料病棟の病床数が、当該医療機関の精神科病床数が300床以下の場合は60床以下であり、300床を超える場合は2割以下であることとなり精神科救急入院料認定要件の厳密化が行われた。
ただし平成30年3月末現在の認可施設は現状を容認するとなっていた。しかし令和2年度改定においては、病床規制の上限を超える施設の容認期限が2年後に設定され、公的病院を含む39病院(以下「削減対象病院」)がこの病床規制の対象となった。

目的
 本診療報酬改定の問題点は、一般科の診療報酬とは異なり、診療報酬が診療実績に基づかず病院ごとに一律の制限が設けられていることである。
その為、地域の精神科救急医療の後退を招く可能性が予想されたため、削減対象病院の診療機能を全精神科病院の実績値(以下「全国病院」)と比較検討した。

方法
 削減対象となる39病院のうち37病院からアンケートの回答を得た。
本来であれば削減対象とならない病院との比較が最も適切であるが、本アンケートは削減対象病院だけを対象としており、主に削減対象病院の実績とすでに公表されている630調査結果との比較検討にとどめている。
630調査とは精神科病院、精神科診療所等及び訪問看護ステーションを利用する患者の実態を把握し、精神保健福祉施策推進のための資料を得ることを目的に、毎年6月30日付で厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課が実施しているものである。

全国調査結果(630調査等)が公表されている項目については、全国調査結果と同時期の削減対象病院の医療実績との比較を行った。
精神科救急入院料の中核的要件である入院患者数、退院率、再入院率、夜間・休日日中の診療件数、病床利用率、平均在院日数等については、削減対象病院を精神科救急入院料の病床数でグループ化し、精神科救急入院料の病床数と医療実績との関係等について検証した。

また、個別医療機関の判別不能性の確保については十分配慮した。

結果
1. 削減対象病院の精神科救急入院料の病床数の背景(平成30年6月30日時点 n=37)
 アンケートに回答した削減対象病院37医療機関の救急入院料の病床数は、全国病院の41.4%を占めていた。

2.措置入院、緊急措置入院の入院患者数(平成30年6月30日時点 n=35)
 全国病院に入院している措置入院患者と緊急措置入院患者の合計1,530人のうち、324人が削減対象病院に入院しており、その構成比は21.2%となっていた。
更に、平成30年6月30日における削減対象病院の措置入院及び緊急措置入院患者の構成比は3.2%となっており、全国病院の0.5%より2.7ポイント高かった。また、全入院患者における非自発入院の構成比でも、削減対象病院は67.4%と全国病院より19.9ポイント高くなっていた。

3.精神科救急入院料の在院期間別患者数(平成30年6月30日時点 n=36)
 削減対象病院と全国病院で精神科救急入院料を届出している病棟(以下「精神科救急病棟」)に入院している在院期間別患者の構成比を比較すると、在院期間3か月未満では削減対象病院89.3%、全国病院78.3%と削減対象病院が11.0ポイント高くなっていた。
なお、早期退院機能は、削減対象病院の中でも150床以上病院により強く認められた。

4.平成29年6月1日~6月30日の1か月間(以下「平成29年6月中」)に新規入院した患者の期間別退院割合(削減対象病院と全国病院の比較)n=34 図1
 削減対象病院の平成29年6月中の新規入院患者の退院率は、3か月経過時点で65%(全国病院比+7ポイント)、6か月経過時点で91%(全国病院比+12ポイント)、12か月経過時点で96%(全国病院比+9ポイント)となっており、各経過時点において削減対象病院の退院率は全国病院を上回っていた。
また、第2回精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会で示された第6期障害福祉計画の成果目標案と比較すると、削減対象病院は既に6か月時点と12か月時点の退院率の目標を達成していた。

5.平成29年6月1日~6月30日の1か月間(以下「平成29年6月中」)に新規入院した患者の期間別退院割合(削減対象病院内の比較)n=34 図2
 平成29年6月中に削減対象病院の精神科救急病棟に新規入院となった患者の退院率をみると、3か月経過時点では自治体病院と150床以上病院が72% と高く、6か月経過時点及び12か月経過時点では150床以上病院がそれぞれ96%、98%と最も高かった。
また100~150床未満病院は、各経過時点で100床未満病院より高く、150床以上病院より低かった。
第6期障害福祉計画の成果目標案との比較でみると、既に自治体病院と150床以上病院は各経過時点で成果目標案を上回っており、6か月経過時点及び12か月経過時点では、全ての削減対象病院が成果目標案を上回っていた。

6.平成29年度中の平均在院日数(演算値) n=36
 削減対象病院の平均在院日数は110.2日で全国病院の267.7日より157.5日短かった。削減対象病院のうち、自治体病院の平均在院日数が83.8日、100床未満病院の平均在院日数が149.8日、100~150床未満病院は136.2日、150床以上病院は77.1日となっていた。

7.平成30年3月1日~平成30年3月31日の間(以下「平成30年3月中」)に当該病院を退院した患者の再入院率 n=33 図3
 調査時点は相違しているものの、平成30年度中に削減対象病院の全ての病棟を退院した後の再入院率を、公表値と比較すると、すべての時点で削減対象病院の再入院率が低かった。1)

8.平成30年3月1日~平成30年3月31日の間(以下「平成30年3月中」)に削減対象病院の精神科救急病棟を退院した患者の再入院率 n=33 図4
 削減対象病院の精神科救急病棟退院後の再入院率をみると、退院後30日時点では100~150床未満病院が最も低いものの、退院後60日を超え1年以内の全時点において病床数が多くなるほど再入院率が低くなっていた。

9.平成29年4月1日~平成30年3月31日の間における夜間・休日日中の診療件数(外来診察のみの患者数)  n=25
 平成29年4月1日~平成30年3月31日の間における夜間・休日日中の入院件数(入院となった患者のみ) n=27
削減対象病院の平成29年度における夜間・休日日中の疾患別診療件数の構成比は、ICD-10分類のF2(統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害)が最も多く全体の38.4%(外来37.0%、入院40.2%)、続いてF3(気分障害)の20.8%(外来18.6%、入院23.8%)、F4(神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害)の10.1%(外来13.2%、入院5.9%)となっており、上記3疾患(以下「当該3疾患」という)で夜間・休日日中の診療件数の69.3%(外来68.8%、入院69.9%)を占めていた。
一方、削減対象病院の入院患者に占める当該3疾患の構成比は72.1%であり、夜間・休日日中の診療件数比率より2.8ポイントと高かった。

10.平成30年4月1日~平成31年3月31日の間(平成30年度)における精神科救急入院料の施設基準に係る実績 n=31 図5
 平成30年度における削減対象病院1病院あたりの精神科救急入院料の施設基準である時間外、休日又は深夜における診療件数は643件(病床基準の4.2病棟分)、うち初診件数が196件(6.5病棟分)、時間外、休日又は深夜は226件(5.6病棟分)となっていた。
当該施設基準要件と削減対象病院の内訳をみると、自治体病院の実績値は削減対象病院の平均値に近かった。また、精神科救急入院料の病床数が多いほど夜間・休日日中の診療件数、初診件数、入院件数が多くなっていた。

11.平成31年4月1日~令和2年3月31日の間(令和元年度)における精神科救急入院料の施設基準に係る実績 n=31 図6
 平成31年度における削減対象病院1病棟あたりの精神科救急入院料の施設基準である時間外、休日又は深夜における診療件数(以下「時間外等外来件数」という。)は259件(1.7病棟分)、うち初診件数が77件(2.5病棟分)、時間外、休日又は深夜における入院件数(以下「時間外等入院件数」という)は86件(2.1病棟分)となっていた。
当該施設基準要件と削減対象病院の内訳をみると、自治体病院の実績値は削減対象病院の平均値に近く、その他はいずれも150床以上病院が最も多く、150床以上病院は病院単位だけでなく病棟単位でも、夜間・休日日中の診療件数、初診件数、入院件数が最も多くなっていた。

12.平成31年4月1日~令和2年3月31日の間(令和元年度)における精神科救急入院料の施設基準に係る1病棟あたりの実績 n=31
 平成31年度における、削減対象病院1病棟あたりの時間外・休日・深夜における入院実績87.2件のうち54.2件(62.2%)は精神科救急情報センター・他の医療機関・警察・消防等からの依頼であった。

13.自院の最大精神病床数(病床削減の実績) n=35 図7
 削減対象病院のうち80.0%で病床削減が行われている。また国内の精神病床は過去15年間で35.8万床が31.8万床に減少(減床率11.1%)しているが、削減対象病院は既に22.3%の病床削減を行っており、その変化率は2倍を上回った。

14.平成30年度(平成30年4月1日~平成31年3月31日)における精神科救急医療体制整備事業の実績件数(当番日) n=25
 平成30年度(平成30年4月1日~平成31年3月31日)における精神科救急医療体制整備事業の実績件数(当番日以外) n=23
 地域包括検討会で示された「精神科救急医療提供体制の都道府県別の状況(平成30年度)」では、1精神科救急医療施設(常時対応型・輪番型・合併症型)がカバーする最小人口(富山県3.8万人)と最大人口(広島県47.0万人)の格差は12.4倍に及んでおり、精神科救急医療体制の実態は地域によって大きな差が認められた。
 また、削減対象病院における夜間・休日日中の診療件数についても、入院件数は非当番日は少ないものの、外来件数は当番日と非当番日に大きな差は認められなかった。削減対象病院においては、非当番日においても夜間・休日日中の診療を積極的に行っている傾向が見られた。

15.「精神及び行動の障害」の一人あたり入院医療費 n=31 図8
 平成29年度における削減対象病院の患者1人あたりの医療費(区分:精神及び行動の障害)を全国病院と比較すると、削減対象病院が2,642千円、全国病院が4,681千円となり、削減対象病院が2,039千円低い結果となった。また、精神科救急入院料の病床数が増えるほど、患者一人当たりの入院医療費が減少していた。

考察
臨床面について
 重症度の指標2)となる非自発的入院の割合においては、削減対象病院の方が全国病院より多く見られた。また、疾患群においては全国病院に比べて認知症がやや少なく、気分障害が多い傾向が見られたが、その他は全国病院と同様に多様な疾患群を受け入れていた。
今回の調査から、削減対象病院においては精神科救急入院料病床だけでなく、精神科急性期治療病棟入院料、精神療養病棟入院料、認知症治療病棟入院料、15対1入院基本料のいずれにおいても平均在院日数が一律に短期化されていた。

これは診療報酬上精神科救急病棟に課せられた受け入れ機能強化が、精神科救急入院料病床のみでなく病院全体に入退院の流れを作っていることに由来すると考えられた。
また、退院後の再入院率に関しても、削減対象病院は全国病院に比べて各時点で低く、良好な役割を果たしていることが確認できた。
これは、削減対象病院が入院中短期に濃厚な治療を行っており患者の社会生活能力の低下を来さないことや、外来でのフォロー体制を強化し再入院防止に積極的に取り組んでいることがうかがえた。

この事より、精神科救急医療を進めていく事は病院全体の入院期間を短期化し、地域生活の定着化を行っている事が示された。

医療経済面について
 削減対象病院では全国病院に比べ2倍以上の病床削減が行われているように、救急・急性期化が進めば空床が増加し病床削減が行われるという国の当初の理論が証明された。
そもそも救急・急性期治療病棟が全病床数の2割以下というのにはエビデンスがない上、この制限により、不必要な病床の削減を行えば、治療上必要な救急・急性期病床の削減も同時に行わなければならなくなる為に、救急・急性期病棟を保持している病院は総病床数を維持せざるを得なくなる。
その結果として不要な平均在院日数の延長を助長する事につながり、国の病床削減策にもブレーキがかかるであろう。

また、一般科においては入院医療費抑制を背景とした高度急性期病床の削減策が行われているが、今回の調査においては、精神科救急病床数が多ければ多いほど、一人当たりの入院医療費が低下しており、精神科救急病床を削減することは入院医療費の抑制にはつながらない。
これは精神科救急入院料の一日当たりの医療費単価は他の病床基準の3倍ほどになるが、平均在院日数の短縮化の影響の方がより大きく入院医療費に影響していると考えられる。

今回の診療報酬改定の背景には、精神科救急病床を抑制しようとする事がうかがえるが、医療経済的な観点からも良好な医療を安価に行っている精神科救急病床を抑制することは、かえって入院医療費を増加させることにつながる事を示唆している。
視野を広げると海外の一般的な平均在院日数は長くても30日程度であり、それに比べると精神科救急病棟における3か月という入院基準はまだまだ長い。
日本の精神科医療を世界水準に近づけるためには、まずは精神科救急入院料病床に制限を設けないで日本の標準的な医療として浸透させるべきであり、さらなる平均在院日数の短縮化、高規格のスタッフ配置などが規定された、より高規格な診療報酬の設定が望まれる。

精神障害にも対応した地域包括ケアにおける精神科救急病棟の役割について
 一般科において地域包括ケアシステムが動いている一つの理由は、空床促進対策が地域包括ケアを動かす原動力になっている為である。
精神病床においても空床が出てくれば、自然に重症者、身体合併症患者、再入院を繰り返す患者の受け入れなど、今まで精神科病院が受け入れを拒否する傾向にあった患者層を受け入れる大きな原動力となりうる。

一方で精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの最後の砦である精神科救急病棟の機能低下や長期入院化が起きれば、地域包括ケアは遅々として進まないであろう。
また、病院全体のマンパワーで考えると、残り8割の病床は精神科特例を背景とした病床の人員配置基準となるが、医師の働き方改革を含めた当直体制の確保や患者の退院支援、地域ケアカンファレンスの実施など地域包括ケアを施行するための基本的な診療体制にも深刻な悪影響が起こりうる。
精神科医療が5疾病5事業として地域包括ケアに参加していくのであれば、精神科特例を廃止し一般科並みの人員配置に近づけていかなければ、他の診療科と足並みをそろえた対応が困難となる。

おわりに
 今回のアンケート結果により削減対象病院は精神障害にも対応した地域包括ケアに向けた国の方針に則り、良い医療を安価に提供していることが判明した。
そして海外の精神科医療水準に近づけていくためには、ここで留まらずさらなる進化が必要と考える。このような医療に制限が加わらない事を祈りたい。

謝辞
 今回のアンケートにご協力いただきました病院に感謝いたします。

参考文献
1)厚生労働省. 第1回精神保健福祉の養成の在り方等に関する検討会 平成30年12月18日 資料2
2)杉山直也. 精神科救急医療ニーズの多様化に向けた医療の質向上と医療提供体制の最適化に資する分担研究. 令和元年度厚生労働科学研究費補助金 障害者政策総合研究事業(精神障害分野)精神科救急医療における質向上と医療提供体制の最適化に資する研究, 分担研究報告書, 2002.

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